Charles Ray Eames House -case study #8-

この前行ってきた。
今までLAで観てきた建築の中でトップ。間違いなく。内側から広がる美しさ。それを完全に解いていた建築といってもいいと思う。具体的な所在地が分からず探していたが問題なかった。なぜなら「近い。」その感覚が1km離れたところから俺のアンテナがビンビンに張っていた。「やっぱりあった。」
一通り観て思ったことは。あの夫婦はまだそこに普通にいた。存在はしないけど、いるということがはっきり分かるほど彼らの存在感が強かった。リビングにある色んな彫刻、照明、小物は知り合った者と自分らの作品を交換して陳列されたものだった。この小物の共通して言えるものは一つ一つに生を感じた。手作りのものには工業生産したものとは違うものがある。建築模型でもよく語る模型とそうでないものがある。それと同じ様なものである。大量生産でもよく語る製品は少ない。彼らのリビングはそのよく語るものがまるで放し飼いの動物園のような空間だった。

また、空間構成、使ってるモクの種類、床の貼り方までもが実家にそっくりだった。何でこの空間を知っているのだろう?流れる空気、流れる光...知っている。すごく不思議だった。前から実家の空間構成が気になっていた。極力隔てる壁を減らし、全ての部屋がリビングへと繋がる構成。んー。よくできているなー。と。きっと、あれを建てた建築家はラブラブだった新婚当初の両親らをみてこのイームズの家をモデルにしたのだろう。そうだとしたら、俺らは少し住み方を間違っていた気がする。家ができて何年も経たないうちにイギリスへ向かい、俺は生まれ、アメリカに移り、日本に帰ってきてもそこには住まず、「不便」を理由に別のところに住んだ。それでも、あの空間は一途に俺らのことをずっと待っていた。行き場がなくなった俺らは仕方なくあの空間にまた住むことになった。俺はその空間を去年離れた。
語るものができればデザインというものは本当は必要でないのかもしれない。
| time 18:15 | comments(3) |

Comment
ログハウスが空いていること、私に自由がまだあること、家族構成が根本的にはまだ変わっていないことを理由に、まだしばらくは好きなときに好きなだけ帰ることを自分に許すことにしました。もう無理な我慢はしないことにする。自分のhomeがここに新しく出来ないうちは元のhomeをhomeと思って良しとする。ここは戦場。戦友には恵まれたけど、homeはあそこ。あと数年は戦うしかないかな。
But the house is still waiting for you | 2008/10/15 1:57 AM
つまり君もいつでもhomeに帰って、エネルギーチャージして力を蓄えてからまた戦に戻ってもいいってことじゃないかな。「まだ帰る訳には」なんて辛い時も踏んばれるのは偉いけど。格安チケットでも大丈夫っていうような航空会社でもなんでもいいから(いや、実際はそんな危ない飛行機はやめて欲しいところだけど)本当に帰って来たくなったら帰って来ちゃえ。
いまね、熱帯魚だらけ(笑)みてあげて。
But the house is still waiting for you | 2008/10/15 2:05 AM
ある程度、満足できるものができたら遊びに帰るよ。
ben | 2008/10/17 12:05 AM














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